今年初の雪が降りました。

この冬でようやく二度目の雪です。一度目の雪は昨年十月末に降ったドカ雪でした。それから一月下旬までまったく雪が降らなかったのですから、この冬のニューヨークはまったく、暖冬です。

セントラルパークの池も、今年はまだ全面的に凍ってはおらず、一部薄い氷が割れたところに鴨たちが集まっています。
「今年はどんぐりが少ないから、暖かい冬になるって誰かが言ってたわ」
そう教えてくれたのは、同じアパートのふたつ上の階に住む女性でした。60代半ばくらいで、白銀の美しい髪を『悲しみよこんにちは』のジーン・セバーグ風に短く切った、素敵な女性。
どんぐりと冬の関係が気になって調べてみたら、どうやら本当にそうらしい。Farmers Almanac(1818年より発行され続けている、農業や自然の移り変わりに関心をもつ人のための年鑑。現在はウェブ版もあります)には、こんな記事が載っていました。
「我々の知らないことを、栗鼠たちは知っているのか」
2010年7月23日、ピーター・ガイガー
暑い。湿気も多い。こんな熱波の中で、冬のことなんて考えられない…けれど、うちの近所の栗鼠たちはそうでもないようだ。
昔からよく引き合いに出されるのだが、どんぐりが多いのは、厳しい冬がやってくる兆しらしい。そして栗鼠たちはそんな冬、いつもより早めにどんぐりを集めにかかるという。先週、裏庭にすごい量のどんぐりが落ちているのに気づいた。
(以上、拙抄訳)
そういえば、どんぐりって何の実だっけ?
調べてみたら、そうか、「櫟(くぬぎ)、楢(なら)、柏(かしわ)など、ブナ科の樹々の果実の総称」だそうです。ああ、「どんぐりころころ…」と子供のころからよく知っている木の実だと思っていたけれど、こんなに基本的なことさえ知らなかった。
地上のどんぐりを思いながら、先日、月と火星を訪ねてきました。
少年少女世界SF文学全集で育ったわたくしです。小学生のころ、大人になったら宇宙に行ける時代になるかな…と想像するのが好きでした。大人になったいま、実際に民間人でも宇宙旅行(ていうか、成層圏の外まで、くらいの話ですが)することが、この数年以内に実現しそうです。とはいえその「渡航費」はとんでもない額なので、実際に自分が行くことはないだろうけれど。
わたしの月と火星旅行は、プラネタリウムから訪ねるヴァーチャルな旅でした。マンハッタンの自然歴史博物館で、「地球の外へ」というプログラムを上映しているのです。
プラネタリウムの座席に身を沈め、仰ぎ見れば目と心は一瞬のうちに宇宙へ。数秒のうちに辿り着いた月は、何度か写真で見たのと同じ、静寂が支配するクレーターと灰色の山脈の世界。英国BBC放送に登場したアームストロング宇宙飛行士のインタビュー(1970年)やケネディ大統領の「我々は月へ行く」というスピーチ(1962年)を聴きながら、我々の地球から見える月や、地球からは見えない月の「裏側」を、そして地球の軌道を越えて、火星の表面をも、旅してきました。

これは、月の裏側の写真。
けれど、ああ。
月と火星はまったく異なる天体。なのに、その表面の写真から受け取る印象はすごく似ているのです。
乾いた、砂と山とクレーターの世界。樹々や海は見えない。火星には水の痕跡があるらしく、これからその組成に関する研究も進んでいくことでしょう。けれど、ああ。
月と火星の「旅」のあと、プラネタリウムの天井に映った地球の、なんと懐かしく美しかったこと。「みどりの星」、「みどりの地球」などとも言いますが、宇宙から見る地球の印象は、海の青と地表の茶、緑。そしてこの惑星が衣のようにまとっている白い雲。なんと色とりどりで、なんと深みのある、なんと愛おしい。地球にどんどん近づきながら、地表のさまざまな風景を見ました。広大な黄土色の広がるサハラ砂漠。白い雪を戴くヒマラヤ山脈。そしてアラル海。
ちょうどこの「旅」に出かける数時間前に、日高敏隆先生の『人間はどこまで動物か』という本を読んでいました。そこではじめて、アラル海のことを知りました。
かつては世界で四番目の大きな湖だったアラル海。昔はその湖畔には樹木の森林があり、渡り鳥が訪れ、虎も棲息していたそうです。ソ連時代に、それまでの環境のバランスを考慮せずに農耕地化政策を行なった結果、20年も経たないうちに干上がってしまい、面積では当時の塩湖と化して、魚など水棲の生き物は死に絶え、樹々は枯れ、鳥も動物も姿を消し…周囲の土地にも塩害が及び砂漠化してしまいました。1960年代の写真と2010年の写真を見比べると、ざっと目測しても十分の一以下に減ってしまったようです。プラネタリウムから見たアラル海は、目を凝らしてやっと小さな「池」が見えるほど。
わたしたちは目先の利益を求め、ただ消費するためだけに地に孔を穿ち、海を汚し、樹々を伐り、砂漠を増やし…。けれど宇宙から見る地球は掌にすっぽり収まるほど「限りある」もので、繊細で、美しい。アームストロング宇宙飛行士たちが月に降り立ってから43年。わたしたちはもっと、宇宙から見た地球の姿を見るべきなのかもしれません。宇宙広しといえども岩石や気体だけで構成された星たちが多い(たぶん、ほとんど)の中、こんなにも多様な風景と生命の曼荼羅に恵まれた、大きくて小さな星に生きる幸せを享受していることを思い出すために。

(上記はリンクフリーの地球写真より転載)
月や火星への「旅」から数日後。友達の犬が天に逝きました。
ピットブルのチャッちゃん(本名はChat)は、わたしの友人あやちんの犬。あやちんが病気で散歩に行けなかったとき、わたしもチャッちゃんの散歩に助っ人として駆けつけたこともあります。チャッちゃんの毛色は、キャラメルがかった明るい茶色。短い毛はしっとりピトピトして、背中をぽんぽんと軽く叩くと「なに? なに?」としっぽを振って、可愛かった。
ピットブルはスタッフォードシャー・ブル・テリアとブルドッグを交配して造られた種で、闘犬などに用いられたため、獰猛な犬という印象を持たれてきました。でも本当は、とても忠実で心優しい犬。力は強いけれど従順で、ひょうきんなところもある犬たちだと思います。
チャッちゃんときたら(ごはんはちゃんともらっているのに)いつもお腹をすかせていて、散歩にでると道端に落ちている食べものを探して歩くのです。ニューヨーカーはお行儀が悪いから時々フライドチキンの骨などを道に食べ散らかしていくのだけれど、そんなふうに道端に落ちている骨など見つけたらもう大変。こちらが気づくより先にカプッと食べてしまいます。
顎が頑丈な犬だから大きなホネをがしがし齧るのが楽しいらしく、あやちんの家に遊びにいくと、しっぽを振りながら迎えてくれ、お気に入りのホネを見せびらしたものでした。

冬用コートを羽織って得意げなチャッちゃん。
(写真:Aya Edmondson)
それまでずっと元気だったチャッちゃんに異変が訪れたのは、昨年の初夏あたり。
「チャッちゃん、片目が見えないみたいなの…」 心配したあやちんが病院に連れて行ったものの、原因はよくわからず。神経系統に異常があるらしい、と検査を繰り返すうち、こんどはてんかんのような発作が起きたり、足をひきずり爪が剥がれる、などの異変も。あやちんは毎週のようにチャッちゃんを病院に連れて行き、こまめに看病していました。
「チャッちゃん、癌らしいの」
そう聞いたのは、昨年十二月のことでした。リンパ腫で、身体のあちこちに広がっているらしい、と。正直、年が越せるかな…と心配だったのですが、暮れ近くなってあやちんから「化学療法をやってみることにした」と聞きました。
動物の場合、化学療法は回復を視野にいれるものではなく、残りの時間をできるだけ穏やかにすごすためのもの、だそう。実際にはじめてみたら、それまでは食べては吐いてしまいげっそり痩せていたチャッちゃんも、嘔吐せずにごはんが食べられるようになり、「調子がよくなってきた。化学療法やってみてよかった」とあやちんも嬉しそうでした。
様子が激変したのは先週のこと。朝、職場についたらあやちんから連絡が入っていたのです。
「チャッちゃんがすごく苦しそうで、昨夜遅くに病院に連れていったの」
病院に駆けつけると、酸素室にチャッちゃんがいました。あやちんは赤く目を泣きはらして、それでも優しい声でチャッちゃんに話しかけ、撫でていました。げっそり痩せたチャッちゃんは呼吸も苦しそうだったけれど、くりくりした目でおかあさんのあやちんを見上げては「まま? まま?」と言いたそう。

チャッちゃんの手。握るとがしっと存在感がある。
(写真:Aya Edmondson)
生きるものの命を、ヒトの手で逝かせる。そのことに、以前は「それでいいのだろうか?」と疑問を持ったこともあります。
でも、でも。目の前のチャッちゃんは酸素室を出たら、呼吸するのも苦しそう。そのまま「自然に」していたら、たいそう苦しみながら逝くことになるでしょう。獣医師から安楽死の説明を受け、お願いしますと頭を下げたあやちんを、抱きしめて支えたいと思いました。
最期のお別れに、ソファをしつらえた小さな部屋に行きました。酸素室を出たチャッちゃん。タオルケットの上で横たわり、苦しそうだったけれど、大好きなおかあさんの腕の中で少し安心したようです。どれくらいの時間だったのだろう。長くも短くも思える十数分、わたしたちはチャッちゃんの頭を、足を、背中を撫で、話しかけていました。
それから獣医師の先生がやってきて、ひとつめの注射でチャッちゃんは眠りに落ち、安らかな表情になりました。ふたつめの注射(麻酔薬の大量投与)で、彼女は逝きました。それはそれは、安らかな寝顔で。
しばらくの間、わたしたちは涙でよく前が見えないながらもチャッちゃんの身体を撫で続け…。でも、彼女の鼻面が少し冷たくなるころ、「あ、チャッちゃんの魂は、この身体を離れたかな」と思いました。生と死についてはいろんな考え方があるし、それでよいのだと思う。日本で生まれ育ったせいか、わたしには輪廻転生の考え方は「心地よい」もので、魂は身体を離れてひとまずは天に上っていく、と想像するのが好きです。(たぶん、そうやって考えることで安心できるのだと思います。)
魂というものがあるのか、そうだとしたら身体が死去したあとどこへいくのか、いまの我々の理解では、とかく想像するしかありません。でも、月並みな言い方だけれど、チャッちゃんはもう苦しんでいないということをありがたいと思ったし、もしも天使がいるのなら、きっとチャッちゃんが無事に天に渡れるように迎えにきてくれたかな、と思いました。
「ありがとうね、チャッちゃん」
何度もそう言って、チャッちゃんを抱きしめていたあやちん。たくさんの命が日々生まれ、日々去って行くこの地上で、ひとつの愛のひとつの「章」に立ち会えたことを、有り難いと思います。

(写真:Aya Edmondson)
末筆ながら、お知らせです。5年ぶりの、本が出来ました。

『ふだん着のニューヨーク 〜 はる・なつ・あき・ふゆ…わたしの暮らしごよみ』 青春出版社刊
出版界もいろいろ大変な昨今、こうして本を作っていただける機会はなかなかなく、感謝に頭を垂れるばかりです。原稿の基となった連載をさせてくださったウェブ版オレンジページ歴代の担当編集者の内田様、林様、また担当ではないのに最初から最後までさまざまな面で助けてくださった宮川様、青春出版社の元担当編集者笠井様、現担当編集者福田様、デザインを手がけてくださった青春出版社のデザイン室の皆様、オリキュー隊の相棒として数々の冒険を共にしてくださった網田佳子さん、いつもおいしいもの情報をくれるDCのタカ君&まや嬢、インスピレーションとネタをくれるニューヨークという街とそこに暮らすみなさん、そして愛するニャニャムージカ・チャマスカヤ姫に、この場を借りて心からの御礼を申し上げます。そして、この本を手に取ってくださる方にも…70億ものひとびとがひしめく現在の地球上で、出会えることは本当に貴重で、感謝に値するもの。心からの「ありがとう」が届きますように。